「道行き」石のモニュメント

庭園デザイン

枡野俊明

人間のはからいごとを超える自然との共生が、
日本の空間づくりの原点

枡野俊明
曹洞宗徳雄山建功寺住職
庭園デザイナー(日本造園設計代表)
多摩美術大学教授

ここは屋敷町で、かつて遠山家のお屋敷だった歴史ある場所ですから、一般的なマンションよりも、質の高い内容を追求していきました。まず、職住接近で良い場所ではありますが、近いがゆえに気持ちの切り替えができないのではないか、仕事から帰ってきてから部屋に入るまでに、ネクタイをゆるめられる仕掛けがあった方がよいのではないかと考えました。寺院には三門という三つの門があり、気持ちを切り替えるきっかけとなっています。そうした結界を、現代建築の集合住宅でどう取り込んでいくかが最大の課題でした。

心の変化をつくるには時間が必要です。そして時間をつくるには歩く距離が必要です。そこで、敷地に入ってからエレベーターホールまでの距離を確保し、緑や滝のある長いアプローチ「道行き」をつくりました。門をつくって人を拒絶することはしたくなかったので、かわりに入口をぐっと狭め、石の彫刻を置くことで止め石のように侵入者を心理的に遮る役割を担っています。

自然というのは、人間のはからいごとを超えています。そこから真理をくみ取り、四季の移ろいを楽しむのが、日本人の感性です。自然と人間の関係を、仏教用語では「共生(ともいき)」といいます。共生という言葉の原点ですね。共生が、日本の空間づくりの原点です。具体的には、内と外が融合した中間領域を充実させること。例えば縁側、とりわけ奥行きのある広縁に、日本人は豊かさを見出してきました。そうした美意識をオパス有栖川でどう表すか。話し合いながら、アプローチがエントランスホールを抜けて中庭まで続き、内と外が一体となるデザインにたどり着きました。

建物に入ったとき、床は道行きと同じ素材が「床の間」まで続きます。床の間は人をお迎えする精神性の高い空間で、盆栽や一輪挿しなど季節に合わせたおもてなしの表現をする。そこから左へ振り返ると「雪見障子」のような地窓から、枯山水が絵画のように見えます。さらに進むと中庭に出る。訪れた方がここに心地よさを感じてくださるのは、自然に包まれている感覚になるからだと思います。

こうした空間ですから、素材はすべて本物です。アプローチには香川県で採れる庵治石と呼ばれる上質な花崗岩を使い、ゲート脇には樹形のいい常緑高木センペル・セコイアを植樹しています。外壁は、珪藻土の掻き落とし仕上げとし、壁に積み上げた庵治石との相性を考え素材感のある仕上げとしました。すべて、信頼できる職人の手によるものです。

庭は月日とともに成長します。風や日当たりなど、当初は読みきれなかった条件の変化もあるでしょう。住まう方には、それらを見て取り、活かしながら庭を育てていってほしいですね。「子守(こもり)」「庭守(にわもり)」などという言葉があるように、住まいを“守(も)る”という発想が大切です。そして、ぜひ部屋のなかにも鉢植えを置くなどして、日本の無常観、とどまらない美しさ、自然との関係性のなかにある美意識を、生活のなかで感じていただければと思います。

「オパス有栖川」誕生の時、
未来を見据える眼差しで臨んだ3人の匠。
その思想を引き継ぎ、建築の記憶を重んじながら
慈しむような思考と考察のプロセスを経て、
新たな住空間をつくりあげる
プロジェクトをスタートさせました。