建物外観

建築デザイン

吉井信幸

時を経て風格がにじみ出る、
職人が手づくりした 「感じる」建物

吉井信幸
建築家
株式会社住空間研究所代表
株式会社竹中工務店 技術顧問

オパス有栖川を設計するにあたって、当然土地の歴史をふまえる必要がありました。江戸時代、なぜここに大名屋敷が多く建ったかというと、日当たりや風通しがよく、地盤もしっかりしていて、良い“気”が流れる一等地だったからでしょう。屋敷町だったため知名度が高いこの土地に、集合住宅を建てるとなったとき、土地の名前だけを継承するのは簡単です。しかし、それでは昔の人たちがつくったネームバリューにしがみついているだけ。そうではなく、当時の住まいのあり方そのものを継承するには、具体的にどうすればいいのか。庭園デザイナーであり僧侶でもある枡野俊明さん、住空間設計を手掛ける辻健次郎さんと、分野を超えて話し合いました。

そして、集合住宅ではなく「集合邸宅」をつくることにしました。現在のビルが並ぶまちなみに調和させるのではなく、かつて邸宅が並んでいた頃のまちなみに調和させようというわけです。邸宅というのは、敷地内に距離があり、道路から玄関が見えません。そこで、「道行き」と呼んでいる長いアプローチをつくり、エントランスにたどり着くまでには、自然に喧騒やストレスから解放され、心が移り変わるようにしました。デザインした枡野さんの禅の世界観は、私たちが元来DNAで持っているもの。通じ合うものがありました。

建物も、合理的に建てるなら敷地ギリギリまで使い高層マンションにすればいい。しかし、それではふさわしくない。あえて地形に合わせて形を崩し、部屋ごとに大きなひだをつくって、内と外の関わりが増えるようにしました。また、道路沿いに樹木を植え、建物自体の高さは人間のスケール感に合わせました。2000坪という高層マンションと同じくらいの床面積で、大地に沿って隆起した印象になっています。

実施設計をした人たちはえらい苦労をしています。各階でプランが違うし、排水や排気も隣同士でどう影響をするか緻密に計算しないといけません。面倒くさいことをあえて抱え込んだのです。

ほかにも、経済性の問題、法律の問題、さまざまなハードルがありました。しかし、そういうものは一端置いておいて、人間にとって何が大切なのかを語り合い、オパス有栖川は設計されました。思想を現実として形にするときは、合理性と非合理性のせめぎ合いになります。それを乗り越えていくからこそ、ものをつくるのは面白い。

外壁の18万枚のタイルは、すべて職人が手づくりしたものです。それは、機械でつくるタイルと違い、人間が“感じる”ことができるものです。これから20年、30年と時を経て増してくるタイルの風合いが、建物の風格となっていくでしょう。人間でも、歳を重ねて色気のある人がときどきいますよね。オパス有栖川にも、歴史を背負い、時間を経たからこそ出てくる魅力を期待しています。

「オパス有栖川」誕生の時、
未来を見据える眼差しで臨んだ3人の匠。
その思想を引き継ぎ、建築の記憶を重んじながら
慈しむような思考と考察のプロセスを経て、
新たな住空間をつくりあげる
プロジェクトをスタートさせました。